お知らせ

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五島正規さんの逝去を悼む 代表 松本文六

2016年12月13日 イベント

 2016 年11 月14 日、元衆議院議員五島正規さんが逝去されました。誠に残念です。
 私が、最初に五島さんを知りましたのは、1982 年の労働者住民医療機関連絡会議(以下 労住医連)
結成段階でした。
 五島さんは、当時四国で、林業労働者の振動病撲滅に向けて闘われていました。その闘いの拠点とし
て、1979 年11 月に全林野などの労働組合の支援を得て医療法人防治会四国勤労病院を設立されました。
 労住医連結成総会の席での五島さんの朗々とした論理明解直截な声に触れ、その豪快さに痺れてしま
いました。こういう人が、医者の世界にいるのか!と驚きました。五島さんに大器を感じました。
 その後、地域医療研究会(以下 地医研)や労住医連の会合で、しばしばお会いしました。1990 年
第39 回衆議院議員選挙で日本社会党から出馬しやっぱり!見事当選され、以後連続当選6 回に及びま
した。出馬された折、私は次のようなメッセージをお送りました。
 《ある週刊誌が1000 人の読者に対して、明治から昭和にかけて最も尊敬できる政治家を二人あげて
下さいというアンケート調査をしたそうです。その結果は、他を断トツにひき離した政治家が二人いま
した。その二人とは田中角栄と坂本竜馬でした。この二人の共通点は、本音と建前がない、私心のない
政治家ということです。今の国会議員の中にはこの二人に比肩できる人はいません。二人の共通点をあ
わせ持っておられる五島さんこそ国を動かすために何としてでも当選できるよう頑張って下さい。》と
申し上げました。
 その2 年後、五島さんに続き、当時諏訪中央病院の院長をされていました今井澄氏も衆議院議員とな
り、五島・今井国会議員の存在は地医研及び労住医連にとっては大きな後ろ盾になっていただき、地医
研と労住医連の社会保障に関する想いを国会の厚生労働委員会などに提起することが出来ました。
 事実、医療法改正、薬害エイズ患者の救済、振動病患者の救済及び労働災害補償の整備、介護保険制
度の創設、新卒後臨床研修医制度の制定など、労住医連と地医研の想いを形にすることができました。
これは、五島さんを中心とする国会における大きな力があったからです。
 しかしながら、2005 年9 月の第44 回衆議院議員当選後の不幸な事件に巻き込まれ、次期厚生労働大
臣の期待を背負っていた中で12 月13 日に議員を辞職されました。将来の日本の政治の流れを変えると
期待されていましたのでかえすがえすも残念でした。
 今井氏が2002 年9 月に逝去され、五島さんが議員を退き、2007 年に朝日さんが引退されると、地医
研や労住医連は政界での後ろ盾を亡くし、地医研や労住医連での論点が国会における社会保障・医療政
策論議の表に出ることは皆無となりました。
 2007 年、社会保障費を5 年間に亘って毎年2200 億円圧縮するという小泉政権の“骨太方針2006”
に接し、私はこれじゃあ医療はやっておれん! 五島さんに続けという想いで第21 回参議院議員選挙
に大分全県一区で出馬しましたが、あえなく敗退しました。
 五島さんの逝去に接し、医療の流れを変えるという政治の内実をつくるためにどうすべきかと考えさ
せられます。やはり、五島正規氏のような巨魁がいてこそ、庶民の想いが政治に反映されると、今深く
実感しています。庶民のために政治を変える、医療・介護を変える唯一の武器は“国政選挙”であると
改めて思い知らされています。選挙を通して政治を変えなければとつくづく思います。
 地医研と労住医連としても五島さんのような骨太の議論のできる人を掘り起こし、議員に押しあげる
ことに努めなければならないのですが、……あゝ! (2016.12.13. 記)